こじょう ひとし


私は男だ。そして女が好きだ。
かつてそれに包まれ、一体であったもの。
私は大人だ。そして赤ん坊が好きだ。
かつてそれであったのに、二度と戻れないもの。
私は肉で出来ている。しかし植物が好きだ。
毎日食べているのに、未だに成れないもの。
私は動物だ。だから森が好きだ。
私自身のあるべき姿と想いながら、その程遠さに、ただ憧れるもの。


絶望と愛と祈りは、
濃密な響きの中に縒り合わされ、霧のように発散する。
両手は空を泳ぎ、
その霧を雲のように紡ごうとしている。
海と空、常に寄り添いながら、
永遠に混じり合わない二つの物を、透き織る雲を。

いつの日か、私たちは森に成れるだろうか。
その雲から降り注ぐ雨で育つ。

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年譜

現在の私の仕事に直接関係すると思われる、文化的影響、出会い、経験を、簡潔にまとめてみました。

昭和44年

茨城県結城市に生まれる

昭和47/48年

怪獣、妖怪、精霊等の絵を多く描く

昭和49年

妹誕生

昭和49-53年

漫画やテレビ番組の、アンチヒーローストーリーの悪役への憧れ

昭和54/55年

子供用の楽器と物を使って、妹と即興演奏

人間関係の完全不和状態に陥る

インド哲学、仏教、アボリジナル文化についての本との出会い

昭和54-59年

ピアノを習う

昭和56年

テクノ、ニューウェーブを聴き始める

昭和57/58年

意識的にイラスト、絵画を描きはじめる。当時、日本でニューペインティングと呼ばれていたものからの影響大

昭和59/60年

シュールレアリズム、ダダイズムについて知る

シンセサイザーやラジオ等を使って、多重録音を始める

昭和61年

アンビエントや民族音楽を聴き始める

美術大学入学のために、絵画の勉強をはじめる

昭和62年

ギリシャ哲学やフランスのポストモダン哲学に興味を持ち始める

ノイズ、エクスペリメンタルミュージックを聴き始める

昭和63年

美術大学予備校入学のため東京へ移住

オカルトへの興味

妹の死

平成元年

東京芸術大学美術学部に入学、絵画科油画専攻

平成2年

Obscure Organs「オブスキュア・オルガンズ」名義でバンド活動

初のサウンドインスタレーション

平成4ー6年

幻原人「マボロシゲンジン」名義でノイズロック演奏

平成4年

笠原香苗、笠原亘「瘡原 亘」との出会い/フリーキーな即興音楽の録音コラボレーション

平成5年

東京芸術大学卒業

平成6ー7年

1000000 Suns「ミリオン・サンズ」名義でノイズフォークロック演奏

平成7年

屋久島を訪れ、その自然に衝撃を受ける

意識的にフィールドレコーディングを始める

平成8年

両親の出身地である、鹿児島へ移住

マテリアルアクション、フィールドレコーディング、瞑想等の実践を通じて、集中的に自発的サイコセラピーに取り組む

平成10年

ある種の神秘体験と共に、妹の死以来続いた鬱状態から脱出

自己出版で、録音作品を発表し始める。レーベル名は白螺「ビャクラ」

移住の可能性を探して、ヨーロッパへの最初の旅

ヘルマン・ニッチとの出会い

平成11年

10才以来のっぴきならない影響を受けてきた、インド、ネパールへの旅

平成12年

鹿児島から東京へ戻る

自己出版レーベル名をOctpia「オクトピア」へ変更

ドローン音楽をリリースする際Spiracle「スピラクル」名義を使い始める

平成16年

ヨーロッパを彷徨し始める

ヘルマン・ニッチの120th Das Orgien Mysterien Theaterに参加

マイケル・ノーザムとの出会い、Kodama「コダマ」名義でコラボレーションを始める

平成18年

キャロル・ツヴァイフェルとの出会い、Jüppala Kääpiö「ユッパラ・カーッピオー」名義でコラボレーションを始める

平成19年

キャロルとカナダ滞在、広大な森林にて多くの霊感に充ちた体験

平成20年

キャロルとモンゴル滞在, ナンジディーン・センゲドルジュとの出会い、タイガの森にてシャーマンとトナカイ遊牧民を訪ねる

キャロル・ツヴァイフェルと結婚

平成21年

スイス定住

平成22年

自己出版レーベル名をomnimemento「オムニメメント」へ変更

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